第9課 安河内アキラ

2018年第3期「使徒言行録ー福音の勝利」

第9課               第二次伝道旅行              9月1日

暗唱聖句
「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ」使徒言行録18:9、10
                                           
今週の聖句   使徒言行録16章、ローマ3:28、ガラテヤ2:16、使徒言行録17章、Ⅰコリント1:23、使徒言行録18:1~10
                                           
今週の研究
同行するようにシラスを誘ったパウロは、シリア州やキリキア州を回って諸教会を力づけました。アンティオキアに初めて戻る前に、パウロはタルソスで数年を過ごしていました(同9:30、11:25、26)。今や彼は、そこに設立した教会を訪問する機会を得たのです。それにもかかわらず、パウロに対する神の御計画は、彼が最初に考えた以上にずっと大きなものでした。

日曜日:最初の旅行で訪問した場所を再訪したあと、パウロはアジア州の南西に(たぶんエフェソへ)行こうとしますが、聖霊によってそれを妨げられました。そこで彼は北へ移動し、ビティニア州へ行こうとしますが、何らかの明らかでない方法で、またもや聖霊によってそこへ行くのを妨げられてしまいました。パウロはすでにミシア地方を通過していたので、彼にとって唯一の選択肢は、西に向かってトロアスの港へ行くことであり、そこからはさまざまな方角へ船出することができました。
 しかし夜の幻の中で、神は彼に、エーゲ海を渡ってマケドニアへ行くようにお示しになったのです。彼の同行者たちはこの幻について知ると、マケドニア人に福音を伝えるために、神が彼らを召しておられたのだ、と結論づけました。

火曜日:使徒言行録17:10~15を読んでください。「素直」(使徒17:11)と訳されているギリシア語「ユーゲネース」の本来の意味は、「生まれの良い」とか「高貴な生まれの」ですが、この聖句での場合のように、もっと一般的に「公平な」態度を意味するようになりました。ベレアのユダヤ人が称賛されているのは、単に彼らがパウロとシラスに賛同したからではなく、宣教師たちの語っていることが正しいか否か、毎日、自ら進んで聖書を調べたからです。福音に対する(必要不可欠な知的確信の伴わない)感情だけの反応は、表面的で長続きしない傾向があります。
 しかし間もなく、ベレアにおけるパウロの実りある伝道は迫害によって妨げられ、彼はさらに南のアテネへ行かざるをえなくなりました。

木曜日:パウロのメッセージに対するユダヤ人の強い反対にもかかわらず、神を拝む異邦人たちとともに、ユダヤ人の中にも信じる者が出ました。その改宗者の中には、会堂長のクリスポと彼の一家全員が含まれています。コリントの多くの人も信じて、バプテスマを受けました。しかし、ユダヤ人の間でのこの状況は、直後の出来事が示しているように(使徒18:12~17)、かなり緊迫しており、パウロはすぐにコリントを離れようとしていたと思われます。しかし夜に見た幻で、彼は滞在し続けるように神の励ましを受けたのでした(同18:9~11)。
 アンティオキアに帰る途中、パウロはアキラとプリスキラを同行しますが、エフェソで2人を残します。彼は旅を再開するまで 、その町で数日過ごしました。エフェソに滞在中、パウロは地元のユダヤ人の会堂で説教をする機会があり、そこでの反応が良かったため、「神の御心ならば、また戻って来ます」(使徒18:21)と約束しました。この再訪は、次の旅行で実現しました。
                                           

金曜日:すべての者は、与えられた光に応じて裁かれる。主は、救いの使命を携えて行く使者をつかわされ、聞く者たちに、神のしもべたちの言葉をどのように扱うかについて責任を負わせられるのである。真理を心から探し求めている人々は、彼らに提示された教理を、神のみことばに照らして、注意深く研究するのである」(『希望への光』1443ページ、『患難から栄光へ』上巻250ページ)。
                                           

 今週は、第2次伝道旅行について学びます。パウロはエルサレム会議で異邦人伝道への方針がしっかり決まったので、それを伝えるために第2次伝道旅行へ出発しました。そうなると、まずは前回の伝道で働いた地域へ足を向けるのは当然だったと思います。そして最初に向かった現在のトルコは、パウロの出身地でもありました。彼らがどこまで計画とたてて伝道旅行をしていたのはわかりませんが、彼らが考えている道とは異なる導きを聖霊は与えられました。それはヨーロッパへ渡ることでした。
 ヨーロッパへ、ギリシャやローマへ伝道旅行がなされて行くことは、西へ進むだけでなく当時の世界の中心へみことばが運ばれて行くことになりました。当然在住しているユダヤ人も少なりなり、伝道は困難になって行ったことでしょう。けれども福音の働きは前進して行きました。
 使徒言行録の16章10節前後を注意深くお読みください。ここでパウロはヨーロッパへ渡って行きますが、このあたりから著者のルカが同行します。それまではパウロたちのことを「彼ら」と書いていますが、ここからは「わたしたち」と書かれているからです。
 金曜日の引用文を注目してください。神さまは、どのようにわたしたちを救われるでしょうか。それをお決めになるのは神さまですが、与えられた光にどのように応じたかで裁かれる、これは最も納得ができる答えだと思います。聖霊による良心への働きかけに忠実だったか、そこが問われるのです。