第10課 聴覚しょうがい者用:山口 豊

2018年第3期「使徒言行録ー福音の勝利」

第10課             第3次伝道旅行              山口 豊

(ルビ付きの原稿はPDFをご覧ください)

1.今週のテーマ
 パウロの3回目の伝道旅行の中心はエフェソでの伝道にありました。そしてそれはパウロにとって自由人(逮捕されていない)としての最後の旅行でした。この旅行の中からいろいろなことを考えるのが今週のテーマです。

2.エフェソでの伝道(使徒言行録18:24-19:40)
 パウロがエフェソに来る前に、アポロというユダヤ人がエフェソに来ました。アポロはバプテスマのヨハネからバプテスマを受けていますが、イエスの十字架やペンテコステの出来事を知りませんでした。そこでアキラとプリスキラはアポロに、イエスが天に昇られてからの教会のことを伝えて、推薦の手紙を渡します。それによりアポロは他の教会をまわりイエスのことを伝道することができるようになりました。
 それとは別に、バプテスマのヨハネのバプテスマを受けた12人の弟子たちが出てきます。彼らは聖霊のことを知らないでイエスの弟子になっていました。そこでパウロは主イエスの名によってバプテスマをさずけます。それによりこの12人は聖霊を受けました。
 イエス・キリストを信じてバプテスマを受ける人には全員、霊の賜物が与えられます。わたしにはパウロやアポロのように伝道する力がないと思うのではなく、誰にでもイエス・キリストをあかしする力が与えられる約束を信じましょう。
 パウロはエフェソで合計3年間も伝道します。エフェソは当時の異教の礼拝の中心地でした。女神アルテミスの神殿がそこにあったからです。そこで町中に魔術や迷信がはびこっていました。そこで神様はいまみると不思議に思うような奇跡を使って、人々の心をイエス・キリストにむけたのだと思います。多くの人たちはイエス・キリストを信じて、たくさんの魔術の本が燃やされたことが書かれています。魔術に惑わされていた人たちも心理に触れたときに信じることができます。あの人は信じるわけがないとあきらめないで祈りましょう。

3.トロアスでの出来事(使徒言行録20:7-12)
 火曜日の説明文でトロアスでのエウティコの復活の奇跡よりもとりあげられているのは安息日問題です。それはこの集会が「週の初めの日にパンを裂くために集まって・・・」(7節)と書いてあるからです。この聖句は、日曜日に礼拝する人たちが、パウロの時代から安息日から日曜日に礼拝の日を変えていた証拠にしています。ですが、この集会が定期的に行われていたものではなく、パウロの出発のために行われていることがわかるので、安息日が日曜日に変わっている根拠にすることはできません。ほかにも安息日が日曜日に変わっていたと日曜日に礼拝する人たちが根拠とする聖句もあります。(1コリント16:2、黙示録1:10)ですが、はっきりとは書かれておらず証拠とすることはできません。私たちが第七日安息日を守る理由は、私たちが神様から与えられた聖書に基づいているからです。

4.ミレトスでの言葉(使徒言行録20:17-38)
 ミレトスでパウロはエフェソの教会の指導者たちを呼んで最後の別れをしました。エフェソの教会の人たちに、今までの伝道でたくさんじゃまされてきたこと、これからもエルサレムに行くことで自分の身に大変なことが起こるだろうことを話しました。そして、パウロがいなくなった教会に、「残忍な狼ども」が入り込んできて教会を荒らすだろうと伝えています。このパウロのメッセージを今のわたしたちも考える必要があります。今の私たちの教会にも、大変なじゃまが外からあり、そして中からは主によって一つとなることをじゃましようとする声がたくさん出てくることがあります。2コリント4:8-14でパウロは「いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために」と話しています。イエス・キリストの死は私たちを愛に導いてくれます、イエス・キリストの命は私たちに力を与えてくれます。パウロが泣きながらエフェソの教会の指導者たちとした祈りを考えましょう。

5.まとめ
 パウロの3回目の伝道旅行はエルサレムで終わりました。そしてエルサレムからはローマへの最後の旅が始まります。それでも私たちが使徒言行録から教えられるのは、どんなときであっても、主イエスを中心として、聖霊に満たされて、神様のために献身するパウロをはじめとした弟子たちの姿です。今週の聖書の学びで一つのことでも思い返してお祈りしてみましょう。