第12課 聴覚しょうがい者用:山口 豊

2018年第4期「キリストにおける一致ー他者と調和しつつ生きる」

第12課            教会組織と一致              山口 豊

(ルビ付きの原稿はPDFからご覧いただけます)

1.今週のテーマ
 教会のさまざまな組織は神様の救済計画とどんなかかわりがあるのでしょうか。救いのためには教会の組織、人の集まりは必要ではありません。ですが、神様のたくさんの人といっしょに天国にいられるようにしたいという神様の強い気持ち、みこころをたくさんの人に伝えるために教会の組織はあります。神様の思いを伝えるというのは、伝道、宣教という言葉であらわされます。伝道、宣教を考えるときに教会がもたらす一致は大切なものです。そのことを今週は考えます。

2.組織の土台
 組織には、指導者が必要です。教会の指導者はキリストです。聖書は教会の頭はキリストと何度も示しています。教会は何をするにもキリストを中心に考えることで、教会の役割を果たすことができます。誰でも、どんな時でもキリストを頼ることができるのが教会の強みだと思います。
 それは教会の指導者においても大切なことです。人間に頼ることは教会の組織においては強調されていません。キリストは弟子たちの足を洗うことによって、弟子たちの心にあった、人より上に立ちたいという気持ちが間違っていることを教えられました。教会の指導者は牧師なのではないかといわれることがあります。牧師でなくとも、教会の中で権力をふるって命令したり、支配することがキリストが示した指導者像ではないことははっきりしています。教会の中でさまざまな責任や働きがありそれぞれが頭であるキリストに従うことが大切です。

3.教会の一致を保つ
 わたしたちの教会の中にも実際に論争があります。最近では女性牧師の按手について論争が続いています。そういう時に私たちが見るのは、お互いの違いやあらさがしではなく、キリストから与えられた真理、私たちが信じたキリストの精神です。教えを守ることをパウロは重要視しています。教えとは神様が私たちに示した教えです。その中には、きびしくお互いを責め合う(叱責)ことよりも、忍耐強く、とがめ、戒め、はげますことが含まれます。そのときに、神様の教えを守らない人たちに対してどのようにすべきかも、聖書は教えてくれます。懲戒(ちょうかい)が教会にとって必要であることは確かです。ですが、教会の指導者が自分の気持ちで懲戒をするようなことがあってはならないように、聖書はマタイ7:1~5、ガラテヤ6:1、2で教えてくれます。ただ責めて追い出すだけではなく、私たちがお互いに罪人であり、神様からの恵みにより許していただいていることを考えるべきだと教えています。

4.教会の一致がもたらすもの
 いろいろと教会の一致について考えてきましたが、もう一度考えたいことは、教会は神様のみこころをたくさんの人に伝える伝道、宣教のためにたてられているということです。神様のみこころを知らなければ、私たちクリスチャンは神様を受け入れてもいませんし、教会という組織で神様のために働こうと思いません。キリストがその尊い犠牲によって私たちに救いをもたらせてくださったからこそ、私たちは神様のために働こうと思うのです。一致は私たちが目指す最終目標ではありません。しかし、私たちが神様のみこころをたくさんの人に伝えようと思い、キリストを頭としてお互いに仕えあうときに、神様の与えてくださる一致が私たちと共にあります。その一致は私たちにすばらしい力を与えてくださいます。

話しあい
・わたしたちの間に一致がみられないのはなぜでしょう。
・わたしたちのなかに罪を犯す人がいることを見逃すことはよいことでしょうか。