第2課 聴覚しょうがい者用:伊藤 裕史

2019年第1期「ヨハネの黙示録ーイエス・キリストの働きを知る」

第2課             燭台の間を               伊藤 裕史

 今週のガイドは、ヨハネが見た燭台の間をあるいておられるイエス様についての幻と、教会にあてた手紙について見ていきます。

1.安息日午後:今週のテーマ
 ヨハネはなぜ幻を見せられたのでしょうか。ヨハネはイエスの福音をあかしすることでつかまり苦しんでいました。でもヨハネの苦しみはもう一つあります。神様からはなれている人たちがさかえているのに、忠実な自分や教会が苦しみにあったのです。このことが彼をもっと苦しめていたのです。
そこで神様はヨハネに幻を見せ、ヨハネと教会をはげまそうとされたのです。

2.日曜日:パトモスにて
 黙示録はパトモス島で書かれました。この島はローマ人が罪をおかした人をあつめ、はたらかせていた所です。ヨハネはここで苦しい日々を送っていたのです。でもヨハネは悪いことをしたためにつかまったのではありませんでした。キリストにしたがったことでつかまったのです。
ヨハネと同じような苦しみを送った人が他にも聖書に書かれています。皆さんが知っているダニエルや、ステファノなどです。でも、そのような苦しみがある時に神様はいっしょにいてくださり、はげまそうとしてくださるのです。

3.月曜日:ある「主の日」のこと
 ヨハネが幻を見たのは「主の日」、つまり安息日のときでした。
この主の日(安息日)は私たちにとって天地創造の記念日であり、罪からの解放を意味する日です。でも主の日の意味はもう一つあります。それは終わりの時のことをしめす意味です。主の日は、神様がこの世界をおわらせて、新しい世界をつくられる日のことなのです。
 ヨハネは主の日(安息日)に、この新しい世界、来るべき世界の日の幻を見ることができたのです。

4.火曜日:ヨハネがパトモスで見たキリストの幻
 ヨハネがはじめに見た幻は7つの燭台の間をあるいているイエス様でした。燭台は教会をあらわしています。イエス様は祭司として、天でこの火(教会)がきえないで明るく燃えることができるように働いています。これは教会が世のなかで、げんきにはたらきつづけられるように、イエス様が今もまもっておられることをあらわしているのです。

5.水曜日:当時と現在へのキリストのメッセージ
 これから読む7つの教会の幻のメッセージは3つの意味で読むことができます。
最初は、ヨハネが当時の教会のために送った意味を考え読むことです。ヨハネの時代の教会はローマ帝国におさめられていて、宗教的な迫害がありました。当時の教会はどのような状態だったのかな、それを神様はどのようにして助け、はげましているか、かんがえて読んでください。(歴史的適用)
 2つ目は、ヨハネの時代から世の終わりまでのそれぞれの時代が、7つの教会に当てはまるものとして読むことです。私たちの時代は終わりの時ですから、7番目の教会のラオディキアに当てはめることができます。(預言的適用)
 3つ目は、黙示録を読む人が自分たちにたいして語られたものとして読むことです。私たちの時代はラオディキアの教会の時代ですが、教会の状態はエフェソの教会に似ている。だからエフェソの教会のはげましは自分のためにある、というように読んでいく方法です。(普遍的適用)

6.木曜日:エフェソにある教会へのメッセージ
 そこでエフェソの教会への手紙を読んでみましょう。(黙示録2:1-7)エフェソは当時アジア州で一番大きな都市でした。そこにあった教会は忠実さと愛で知られていたのです。でもたいせつな愛が消えかかっていたのです。
 そんな教会にキリストは3つのことをするように言われました。一つ目は「思い出し」なさい。キリストの愛と、それに応じていた自分を思い出すこと。2つ目は「悔い改め」なさい。悔い改めは方向転換。神様に方向転換すること。三番目は「初めのころの行いに立ち戻り」なさい。最初のころの、キリストの愛に満たされ喜んで行っていたことをよみがえらせること。

 みなさんがエフェソの教会員だったら、キリストのはげましは力になりませんか。これから他の教会へのメッセージがつづきます。キリストのはげましによって元気になっていきましょう。